札幌高等裁判所 昭和25年(う)633号 判決
原判決は、被告人が昭和二十五年三月七日午後九時頃札幌市南一条西九丁目飲食店鮨勝こと勝瀬喜吉方で宮成元彦所有の手提鞄一個外五点を窃取したという点は、被告人の当公判廷における供述及び証人佐々木力蔵の当公判廷における供述を綜合すると被告人に窃盗の犯意があつたと認めることができず、他に右事実を認めるに足る証拠がないと判示しているのである。しかしながら、原審が取調べた、宮成元彦作成名義の盗難始末書の記載被告人に対する検察事務官第一回供述書中「ハンドロツプを出るとき、私は鮨勝から人の鞄を佐々木のものだと思つて、持つて来たことに気が付いたのであるが、佐々木にだまつて別れ、明日になれば判ると考えてその附近をあるいていたがパンパン屋に入り、そこで泊つて、その代金として五百円は現金で、五百円はその鞄を抵当に入れて支払つた」旨の記載並びに原審第一回公判調書中被告人の供述として窃盗事実は相違ない旨の記載を併せ考えると、冒頭記載の窃盗の事実を推認することができないわけではないから、原判決の如く他に右事実を認めるに足る証拠がないと断定するわけにはいかない理である。若しそれ、原審が右証拠を信用しないというにありとせば、その理由を説示すべきである。何はともあれ、原判決には理由を附しない違法があるものといわなくてはならないから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は右とやゝ趣を異にするが、結局その理由があることに帰着する。
よつて、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し、なお、窃盗の事実については審理を尽す必要があるものと思料するので、(審理の結果占有離脱物横領罪を構成するかも知れない)同法第四百条本文に則り本件を原裁判所に差し戻すこととし主文のとおり判決する。
(検察官控訴趣意)
第一点 原審判決は事実の誤認があつてその誤認は判決に影響を及ぼすことが明かである。
(一) 原審判決は公訴事実中被告人が昭和二十五年三月七日午後九時頃札幌市南一条西九丁目飲食店鮨勝こと勝瀬喜方で宮成元彦所有の手提鞄一個外五点を窃取したとの点について被告人に窃盗の犯意があつたと認めることができず他に右事実を認めるに足る証拠がないとの理由により無罪の言渡をしている。しかしながら原審において取調べた諸証拠を綜合すれば被告人に犯意があつたことを認定し得ることは明かである。
(二) 即ち、宮成元彦が起訴状記載の如き盗難にかかつたことそしてその鞄等は被告人が右宮成氏に無断で持出したものであることは被告人も認めるところである。唯被告人の主張は被告人が右の如く宮成所有の鞄類を持出したのは窃取する意思によるものではなく被告人と同行していた佐々木力蔵の鞄と誤認し之を持つてやるつもりで持出したものであると謂うにある。しかしながら原審において取調べた証拠によると
(イ)被告人が鮨勝こと勝瀬喜吉方におる間並に同人方を出る際佐々木力蔵から鞄を持つて呉れと頼まれたことはなく又逆に被告人の方から佐々木に対し鞄を持つてやると言つたこともない。又その後三時間に亘り佐々木と同行しながら佐々木に対し鞄を持つて来たと告げたこともないこと(被告人に対する検察事務官作成の供述調書及び被告人の原審公判廷における供述)
(ロ)最後に被告人が佐々木と別れる際佐々木は便所に行つていて挨拶もしないで別れていること(証人佐々木力蔵の原審公判廷における供述)
(ハ)その晩被告人は佐々木と別れた後接客婦山口八重子を相手に遊興したがその遊興代の一部の担保として前記勝瀬喜吉方から持つて来た鞄を山口八重子に渡していること(山口八重子に対する司法巡査作成の第一回供述調書及び被告人の原審公判廷における供述)が認められる。如何に親しい間柄であつても本人に無断で他人の鞄を持つてやることは常識上考えられないし、又仮にそのやうなことがあつたとしてもそのことは直に本人に告げられるのが普通であらう前記の如き事実によれば被告人の主張は措信しがたく却つて被告人は最初から佐々木力蔵以外の者の所有物であることを知りながら前記鞄を無断で持出して之を窃取したものと認めるに十分である。
(三) 然るに原審判決は被告人に窃盗の犯意を認めることができないとしているのであつて之は前記イ、ロ、ハ、の事実のあることを忘れ被告人の供述のみによつて事実を認定したものと謂うべくその認定には重大な誤りがあると謂はなければならない。而してその誤りは、判決に影響を及ぼすことが明かであるから原審判決はこの点において破棄を免れないものと考える。